2008年05月01日

西村雄一狂想曲

ここ数日アクセスが信じられないレベルになっていたと思ったら、
西村雄一主審の「死ね」発言だったとは。
毎日凄い検索で、特にイメージ検索はU-17W杯の試合へ一杯きてる。

さて、今日はその話。今日のJFAの事情聴取で選手の「聞き間違い」
じゃなかったかという方向性みたいになってきた。大分・上本が
「死ね」ではなく「して」を聞き間違えたという話である。
ビデオで口元を読唇術や音声で読み取ればそうなるのかも知れない。
西村主審も「うるさい。黙ってプレーして」と言ってる様だ。
聞き間違えだったとして、これで上本に批難が及ぶのはいただけない。
最大の問題は、そう取られてしまう彼のジャッジングだろう。

上本に言ったとされる「うるさい」というのは、他の主審でも試合中に
良く聞かれるので汚い言葉であるがしつこい選手を追い払うには
必要だと思うから許容できるが、個人的には後者の
「黙ってプレーして」という言い方にはどうも納得いかない。

選手が抗議をする多くの理由は、それを翻す為ではなくその判断を
下した理由を知りたいからだ。だから「どうして?」「どこが?」と
いう口調で主審に詰め寄るシーンは日常茶飯事で、見た事あるだろう。
しかし、この「黙ってプレーして」という言葉はそれを許さない
言い方に取れる。主審の言った事には抗議せず、何でも
言う事を聞き、寡黙にプレーしていろと言わんばかりである。

家本主審がゼロックススーパーカップで、一種の騒動を起こし、
その結果無期限割り当て停止処分が決まった時も、彼は「選手との
コミュニケーションは簡潔、明瞭(めいりょう)であるほうが
いいと思っていた」と言っている様に、結果的に選手との
コミュニケーションで大きな難があった。
今JFAのテクニカルニュースなどを持っていればわかる事だが、
選手と審判はお互いを信頼する存在であろうという方向性を
謳っているにも関わらず、家本主審も西村主審も全く相反する様に
選手と距離を置くレフリングをしている。

選手と距離を置いた主審が、その言葉のはしばしをどう取られて
しまうのかはわかる事だろう。上本が西村主審をどう思っているか
わからないが、一般的に社会生活で嫌いな相手の言葉は何を言っても
好意的には捕らえにくいし、逆に好きな相手の言葉は汚い言葉も
悪口も冗談で済んでしまう。
そう考えると聞き間違いかもしれないが、選手からどれだけ信頼
されていない主審なのかが一目瞭然。



サッカーは人のするスポーツなので、ミスは必ずある。それをどう
コミュニケーションを取って補っていくかが重要ではないか。
極端な話、ジャッジするだけなら人間の主審はピッチには不要だろう。
網の目にカメラを張り巡らせ、控え室でブザーを押していればよい。
選手はお互いが声を出さなくてもコミュニケーションを取っている。
いいパスだったが、やや長くてもお互いの意思疎通が通じているから、
「意図はわかったよ」と軽く手を挙げる光景は、もうどこの競技場でも
いやアマチュアの草サッカーでも見られる。

審判がどうやってコミュニケーションを選手と取っていくか、
ジャッジングに正確な事は大切だが、それと同じ位選手に信頼感を
得てジャッジしていくのかというのも大切な事だと思う。
posted by おかき at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする