2006年02月08日

「黄泉がえり」

MOVIX橋本では「県庁の星」が公開される事にちなみ「柴咲コウセレクション」が
行われており、2月は彼女の出演作品3品は週変わりで500円で見られる。

こういう企画はとてもいい。遊んでいるシアターを有効に使えると思うし。
劇場の企画力が現れるからね。


さて初めて見る「黄泉がえり」。

突如阿蘇の山中から死んだはずの人が戻ってくる。それも成長した姿ではなく、
その当時の姿のまま。それも一人二人ではなく、次々と。

阿蘇の山中にできたクレーターからある一定の距離には、
目に見えない不思議な結界が発生し、彼らはそこの中に甦る。

ミステリアスなドラマを中心に描いた恋愛映画
しかし、単に恋愛映画というよりも、「大切な人を想う」という気持ちを
忘れないでというメッセージ性が強かった。
終盤になっていろんな物語が省略され、草Kと竹内の恋愛模様に
なっていくのだが、終焉を迎えるという映画ではこの様な形になったのは
仕方ないのかも。

自分の近い親族や友人や恋人を無くした経験がないから、
そういう時の事を考えると彼らを失った時に、自分が前向きに生きていけるのか。
そんな不安ばかりが頭をよぎりました。

この直前に「ミュンヘン」を見ていた事もあって、「帰る場所」というものを
意識して見てしまった。二人の最後のシーンは、RUIの歌のシーン辺りから涙は
乾き始めてしまい、起承転結の部分なんだろうなと俯瞰するしかなかったです。
(余談:RUI=泪=涙なんだろうかな?と。そういうシーンの暗示?)

昔どこかで読んだ事のある一節
「人間は生まれながらにして、絶対的に死が存在する生き物。」
こういう矛盾というか、悲しい定めがあるから人は少しでも長く生きたいと
思っているでしょうし、「よみがえる」という現象は驚きと感動を引き起こします。

個人的な感情や感傷を抜きにすれば、失礼な言い方かもしれないですが、
死者は甦ってはいけないと思った。

だから、自分の周りに出会った人とは、精一杯の付き合いをしていくべきだと思うし、
映画でも死んだ人間が甦った事でいくつかの混乱も発生した様に、
「俺の屍を超えていけ」といいますか、死者が生まれた悲しみや怒りを残された
人間は背負って生きていく必要があるんだと、そう強く感じた映画でした。

(余談:こちら様とは、多分同じ時刻で見ていたのかも。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/64445/
posted by おかき at 14:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 初めまして。大学3年のまーしーです。自分は、基本ここにはアルエット編集員の赤裸々プライベートというか、日常を書いていこうと思います。市役所との諸事情でアルエット本誌には載せられなかった情報もどんどん載...
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