行われており、2月は彼女の出演作品3品は週変わりで500円で見られる。
こういう企画はとてもいい。遊んでいるシアターを有効に使えると思うし。
劇場の企画力が現れるからね。
さて初めて見る「黄泉がえり」。
突如阿蘇の山中から死んだはずの人が戻ってくる。それも成長した姿ではなく、
その当時の姿のまま。それも一人二人ではなく、次々と。
阿蘇の山中にできたクレーターからある一定の距離には、
目に見えない不思議な結界が発生し、彼らはそこの中に甦る。
ミステリアスなドラマを中心に描いた恋愛映画。
しかし、単に恋愛映画というよりも、「大切な人を想う」という気持ちを
忘れないでというメッセージ性が強かった。
終盤になっていろんな物語が省略され、草Kと竹内の恋愛模様に
なっていくのだが、終焉を迎えるという映画ではこの様な形になったのは
仕方ないのかも。
自分の近い親族や友人や恋人を無くした経験がないから、
そういう時の事を考えると彼らを失った時に、自分が前向きに生きていけるのか。
そんな不安ばかりが頭をよぎりました。
この直前に「ミュンヘン」を見ていた事もあって、「帰る場所」というものを
意識して見てしまった。二人の最後のシーンは、RUIの歌のシーン辺りから涙は
乾き始めてしまい、起承転結の部分なんだろうなと俯瞰するしかなかったです。
(余談:RUI=泪=涙なんだろうかな?と。そういうシーンの暗示?)
昔どこかで読んだ事のある一節
「人間は生まれながらにして、絶対的に死が存在する生き物。」
こういう矛盾というか、悲しい定めがあるから人は少しでも長く生きたいと
思っているでしょうし、「よみがえる」という現象は驚きと感動を引き起こします。
個人的な感情や感傷を抜きにすれば、失礼な言い方かもしれないですが、
死者は甦ってはいけないと思った。
だから、自分の周りに出会った人とは、精一杯の付き合いをしていくべきだと思うし、
映画でも死んだ人間が甦った事でいくつかの混乱も発生した様に、
「俺の屍を超えていけ」といいますか、死者が生まれた悲しみや怒りを残された
人間は背負って生きていく必要があるんだと、そう強く感じた映画でした。
(余談:こちら様とは、多分同じ時刻で見ていたのかも。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/64445/)



