TASAKIの仲井監督は、控えのGK秋山に五本の指を立てた。彼女の
驚きの声は、監督が何を言ったのか見ていればわかった。
そう、控えのGK秋山の出番は「5分」という意味でしかなかった。

10年ぶりのオールスター開催
秋山は驚きと失意に満ちた表情を浮かべつつも黙々とウォーミングアップを
続ける。控えのGKに与えられた時間は5分。しかし、彼女はただの控えGKでは
ない。彼女は「サポーター投票で選出された」GKだ。
彼女はサポーターに出場を望まれたGKだった。ところが、先発出場したのは
監督推薦で選ばれた日本代表GK福元だった。
監督が勝負なのか祭なのかどちらを選んだのか、それはわからない。
しかし、サポーター選出のGKが先発できないこんな理不尽な事は
観客に取って寂しい限りである。

サポーター選出なのに、控えで出場も10分足らずだったが、黙々と
準備をしていたTASAKI秋山選手。
また、福元も代表戦でもそうなのだが、身体能力の高さは認めるが、
キックの精度の悪さ、キャッチングやセービングの不安定ぶりは余り
評価できない。この試合も直接サイドラインを割るキックを何本も
露呈していた事が、仲井監督の采配に首を傾げたくなる理由の一つだ。
この彼女が抱えたであろう理不尽な思いは、Lリーグに所属した事のある
選手誰もが一度は覚えた感覚ではないか。
1989年に始まったLリーグ。当時こそ、バブル経済の下で企業は
湯水の様に支援をして、リーグはJリーグの影にこそ隠れてしまうも
約10チームがJリーグに倣って前後期でリーグ戦を行い、OKIカップと言った
カップ戦も一時期行われる等当時としては異例のリーグ戦だったに違いない。

ロナウジーニョ登場で会場がざわめく

澤と山本のマッチアップ
そして90年代中頃にアトランタ五輪に出場した事で、女子サッカーは
大きなブームが来た。サッカーの女子選手登録も5万人を越え、
もう一つ大きな段階で踏み出そうとした矢先の事だ。
90年代後半になるとバブル経済崩壊の色は濃くなり、Lリーグもカップ戦の
廃止や参加チームの廃部・撤退が相次いだ。00年のシドニー五輪出場を
逃した事で、その傾向は勢いを増した。







これが伝説となった4人フェイントのFK
ただ、彼女達はサッカーを捨てなかった。まるで押し寄せる運命の波に
逆らうかの様に歯を食いしばった。98年のフランスW杯で人気を取り戻した
男子サッカーを横目に、彼女達は文句も言わず観客が数十人の試合でも
雨の中でも黙々と練習も試合もこなした。
自分達が下手なら諦めも付いたのかも知れない。でも、自分達を
表現する場所すらなくなっていったのだ。その表現をする場所もない中、
シドニー五輪出場を逃してから彼女達は懸命な思いで、世間を見返した。



この日ゴールを決めた3人。大谷(上)大野(中)相澤(下)
この日華やかな舞台にゴールを決めた3人はまさに、
そのつらい時代からリーグにいる選手だ。厳しい時代でも
自分のサッカーが好きだという思いを糧にし、苦難を耐え抜くために
流した涙を雨にし、10年の長い時を経て彼女達はやっとナデシコという
花を咲かせたのではないか。
撫子の花言葉は「純粋な愛情」
花は咲けば終わりではない。秋になって種を実らせて、
春にその種は芽を出し成長し、夏になって可憐な花をつける。
こうして未来永劫に花は毎年咲き続けるのだ。
この「なでしこリーグ」もいつまでも愛されるリーグである事を祈りたい。

マリーゼの宇野選手「ボールハトモダチ」相模原出身キター
そしてもう一つ。彼女達は今までの苦難を表に出さない。
それは撫子のもう一つの花言葉が、「無邪気」だからなのかも知れない。

ラモス監督が澤獲得を打診か?




そうなんですか。
そりゃどうも。