2007年11月26日

22歳の別れ 岩倉一弥

あの猫背がより一層寂しさを物語る事になってしまうとは。

OSA(奥寺サッカーアカデミー)より入団したのは2004年だった。
その年は2試合の出場に終わり、翌年2005年は7試合だった。
記録だけ見れば、大したことのない選手かも知れない。



2005年は横浜FCにとって散々なシーズンだった。シーズン前に
「育成」を主眼に招聘した足達監督だったが、シーズン半ばで
株主が変わった事で下位にいながら「昇格」を突きつけられ、
そして、ベテラン選手を補強した事で「育成」というシーズン当初の
目標は霧散してしまった。
また、その昇格という目標も順位やチーム状況を考えれば現実離れ
した看板に過ぎず、結局両方とも達成できないまま11位で
シーズンを終える事になった。

そのシーズンの中で、唯一輝きを放っていた若手が岩倉だった。
元FWであり、非凡なスピードを持つ彼は右MF、右SBを主戦場に
私達の期待に応えるがのごとく溌剌とプレーしていた。
ところがその岩倉が2005年シーズン夏に登場したが、なぜ7試合の
出場に留まってしまったのか。

夏に三ツ沢で行われた甲府戦は壮絶な打ち合いとなった。甲府が
4点を先制した後、シルビオの投入から流れが代わり横浜FCは
後半だけで3点を叩き込む。残り数分に1点を意地でももぎ取りたい。
その思いから前線へ飛び出した岩倉だったが、、、
甲府DFのタックルに遭い右足の脛骨を骨折。選手交代を使い果たして
いた横浜は残り10人でのプレーを強いられ、結局3-4で敗戦の
ホイッスルを受ける。岩倉には試合終了だけでなく、シーズン終了の
笛と聞こえていたのかも知れない。

岩倉というと、入団して直ぐに髪を染めたり、メンバー外の際
親しい友人と一緒にスタンドで観戦して、どちらかというと
チャラチャラしているイメージがあるが、実はそうではない。

その頚骨骨折を負った2005年シーズンも終盤のアウェイ甲府戦では
彼はメンバーでもないのに自費で帯同。夏に怪我を負った甲府戦を
わざわざ松葉杖をついて観戦に来て、「来年は絶対やりますよ。」
という言葉を私に残したのは、強い覚悟があったからなのだろう。



そして、その言葉の通り彼は蘇る。2006年シーズンは1試合で
彼を重用した足達監督が解任。高木監督になり彼への信頼感が
不安視されたが、それを強い思いで跳ね除け序盤の大一番
柏戦に出場。この試合中島が退場した事で、三浦知を下げて
守備固めとして無失点に貢献。それ以降は彼への評価は高まる
ばかりだった、次節の仙台戦フル出場して完封劇を演出すると
神戸、草津戦では交代選手の中で一番最初に起用されている。

縦への突破、守備面での速さとサイド攻撃のオプションも増え、
スタメンではないがサイドもCBもこなせるポリバレントな
選手として期待感が高まった。そして、チームが負けなしで
進んだ三ツ沢での湘南戦。試合前から降っていた雨は
この前兆だったのか。

前半17分、ドリブルで抜け出した岩倉に、湘南の選手がタックル。
彼の古傷である右足にタックルを受けて、歩くこともままならず
交代してしまう。これで彼のシーズンは半分以上終わっってしまう。



しかし、昇格を目指している、いや昇格を戦っているチームの
勢いが彼を奮い立たせたのだろう。9月になって復帰。草津戦では
敗色濃厚な残り時間ではあったが、復活を遂げた。

きっと満足していなかったのだろう。2006年悲願だったJ1昇格を
チームが果たしても、自分がプレーしたのはたったの222分で
3試合にも満たない。昇格は嬉しい。でも、でも、、、

そんな思いをぶつけるはずのJ1の舞台だったが、彼は殆ど
姿を現さなかった。レンタル移籍の和田、途中加入の山田、
カタタウらの加入により右サイドの競争は熾烈なものになり、
出場はなかった。
だが、夏に横浜FCが10人でガンバ大阪から貴重な勝ち点1を
もぎ取った試合に岩倉はいた。早川が退場になった直後登場。
右サイドを献身的に走り回り大阪の攻撃をストップさせ結果的に
和田の同点弾を呼び込んだ。この時も彼は交代の1番手だった。

降格という文字がちらつく中、彼の評価は逆に高まったが
その高木監督は夏で解任されて全て振り出しに戻ってしまった。
ジュリオレアル新監督も、彼の才に気がついたのもここ数週間。
前節名古屋戦ではベストイレブンを獲得している。
その選手に今年でサヨナラを言わなければならない。

過去2年間試合中のアクシデンタルな怪我で泣かされ続けてきた
彼を思うと胸が締め付けられるが、これもプロの現実だ。

普段は飄々とした愛すべき猫背の岩倉だが、試合になるとスピード
溢れるファイターとなる。チームが危機に瀕すれば瀕する程、
彼は重要になってくる選手。きっとどこかでも絶対に必要と
されるクラブがあるはずだ。その愛すべきキャラとスピードは
今回の戦力外通告でも失わないでほしい。

「ひとつだけこんなわたしのわがままきいてくれるなら
あなたはあなたのままで変わらずにいてください そのままで」

今年岩倉は22才。まさに「22才の別れ」。そして歌は「風」
フィールドで相手を切り裂く一陣の風の様になってほしい。
posted by おかき at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 横浜FC選手列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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