2008年04月07日

2008年J2第6節 横浜FC-ベガルタ仙台 「思い出」

仙台のサポーター達は横浜の都並監督が紹介された途端一斉に
ブーイングを始めた。それは単に敵将というだけでなく、2005年の
シーズンで降格を逃しただけでなく、不可解な采配の為に1年を
棒に振ったという思いがそうさせているのだろう。
その後2006年も2007年も昇格を逃し、今年こそはという思いを秘めて、
いや彼らは前面に出して三ツ沢に乗り込んできた。

その都並氏は2005年限りで仙台の監督の職を追われ、巡り巡って
今年から横浜FCの監督に就任。昨年はセレッソ大阪の監督も5月に
解任されており、3度目の正直となるこの横浜FCでは絶対に結果を
残したいと意気込む。最近は勝ちきれない試合が続いており、
過去に所属したチームを叩いて苦い思い出と決別したいはずだ。
(セレッソ時代でもベガルタ仙台には未勝利)



しかし、その立ち上がりに待っていたのはエアポケットとでも言うべき
失点。左サイドを崩され、シュートを何本かブロックしたこぼれ玉を
仙台・梁が綺麗にゴールに流し込んで仙台が先制する。



この日の梁はいつも以上に動きがよく、キックの精度だけでなく
左右への運動量も豊富で、ボールのあるところに彼がいる印象だ。

横浜は失点をしたからなのか、それとも左サイドを破られた事なのか、
中央をフリーにさせていた事が原因なのか、突如としてシステム変更を
行う。三浦淳をボランチに、ボランチのエリゼウはCBに吉本は左SBにと
大胆に布陣を見直した。
これは結果的に守備的に成功し、エリゼウが最終ラインで鬼神の如く
立ちはだかり難を逃れる事ができた。



だが、攻撃を組み立てられないのは深刻だ。都並監督はどうやら
アンデルソンをポストプレーヤーとして見ている様だが、動きの質を
考えると彼はサイドにボールを追っている方が効果的だ。それを
念頭に見ているとカズとのコンビネーションは皆無に等しい。
横浜が前半一度だけ迎えたチャンスは、2列目から飛び出した根占が
中田洋からのボールを反転して放ったシュートだけだった。

後半も殆どゲームの内容は変わらなかった。前線で簡単にボールを
失うって守勢に立たされる展開が続いた。その流れを変えたのは
ヨンチョル。積極的に裏に飛び出す事で、仙台のDFがズルズルと
下がり始め、次第に横浜も押し込める展開が増えた。



そのヨンチョルの攻撃的な姿勢が実ったのは後半29分。右サイドを
突破しようしたところで彼が倒されてFKをもらう。名手・三浦淳が
蹴ったボールはヨンチョルが飛ぶが外れ、ラインを割るかに見えた
が黒い弾丸が一直線に向かっていく。エリゼウだ!彼が値千金の
ゴールを決めて同点に。



だが、ここからが良くない。追いつくので精一杯で、消耗しており
仙台に残りの15分近くを攻められ続けた。仙台は西山も投入して、
スピードで振り切る作戦に出てきた。その狙いは成功したが、
ここで小山が立ちはだかり逆転を許さず、1-1で4試合連続の
引き分けに終わった。

7年前の三ツ沢と同じ様に追いつき、そして追い越せなかったのが
何より悔しい。僕らは何も変わっていない、それどころかダメに
なったと突きつけられたも同然だ。

マッチデイプログラムの1999年の選手達の写真を見ていると
彼らは笑顔で問いかけてくる。「君達は幸せかい?」と。何も
なかった1999年、でもそこには勝利への飽くなき執念があった。
「勝たなければ、自分達の存在は忘れられてしまう。」その思い
だけで、彼らは戦い続けた。
それは今も同じ。勝利しなければ、夢も何もない。だからこそ、
私は4試合引き分けのチームに言いたい。「勝利しかないんだ」と。
posted by おかき at 04:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 横浜FC2008観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「横浜FCvsベガルタ仙台」観戦記 〜「苦労は買ってでもせよ」か〜
Excerpt:  何ともはや、4戦連続してのドロー。今日は勝ちたかったけど・・・・・。そんな残念な心持ちは、選手達の表情にも出ていたと思う。 ...
Weblog: Re:F's blogroom
Tracked: 2008-04-08 18:31
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