築城した加藤清正って熊本城のイメージが強いけど、尾張名古屋の人で自宅の近くに生誕の碑みたいなのが立ってるし、清正幼稚園てのもあって、自分には名古屋から出世した人ってイメージかな。ちなみに自分が出たのは豊臣幼稚園。どうでもいいか。

櫨方門(はぜかたもん)が入場口になっていて、そこから竹の丸に入ると、最初から超弩級の城の大きさに圧倒される!遠くに天守閣が見えるけど、手前の独立櫓跡がまさに壁。写真を見ると手前に人がいるからその迫力がよくわかる。
ここからは城を回り込む様に東竹の丸を歩いたけど、今回は割愛します。。。

この独立櫓群を抜けると上には二様の石垣があります。これは石垣の工法の違いがわかるところ。石垣好きな人向けに写真撮って来ました!ここにはないけど、きらびやかな天守を支えるのは石垣なんですよ。城を外敵から守るのも石垣あってこそ。男性は好きな方多いかも。
今でこそここを抜けると天守で楽なコースだけど、サッカーや将棋と同じで直線的なコースは当然守りも堅くなっているんだよねぇ。実際熊本城は西南戦争でも落城しなかった強い城。

天守どーん!大天守と小天守の二つで一つ。本丸には武士がいたw松山城のぼっちゃんとかと同じ感じで。観光地ですね〜それとこの日、空が抜けるようにきれいだったぁ。
西南戦争3日前に熊本城は失火で多くが焼けてしまうが、残ったのが宇土櫓。宇土は熊本にある地域の名前で、宇土城の天守を移築したと言われていたが、調査の結果その可能性は否定されている。

宇土櫓だけの状態になっても、薩摩軍の攻撃を退けた熊本城ってまさしく難攻不落の名城だなぁ。
熊本城では夜にライトアップをしていた。下から見ると特に迫力がある。


で、翌日は横浜も勝つし、今回の熊本遠征は楽しかった〜