
100名城は地理的なものも考慮されるが、愛媛は5つと多く地域的なバランスで湯築城が選ばれている感じはしない。路面電車で10分ほど走らせると松山城がある位だから。となると、築城の古さ(1300年代前半)と土塁の保存状態の良さか。渋い〜
築城が河野氏と聞くとピンと来るかも知れないが、某戦国シミュレーションゲームをやった事があれば伊予の国は河野氏の支配と覚えているはず。その河野氏が鎌倉時代からずっとここ湯築城を拠点にしていたのだ。

ただその湯築城も戦国時代に河野氏の支配が終わると、江戸時代には松山城が築かれてほぼ廃城同然になってしまった。その後時は流れ、当時動物園の閉園・移転に伴い発掘調査をしたら、湯築城の武家屋敷跡などが出土し公園として整備したと言う。

道後公園の中央には展望台もあり、昔はここが天守だったのかなと思うが、戦国、江戸時代である事を考えると少々手狭。松山城に城を作ったのはそうした事情があったのかも知れない。

復元区域はまだ南側が殆どだが、今後展望台のあった丘などにも期待したいなぁ。ただ岩山だから一回破却されると残りにくいかもなぁ。

日も暮れてきたので、石手寺によってから道後温泉で温泉に浸かってきました〜